東大卒・元経済産業省エリート官僚という触れ込みで有名な宇佐美典也氏の著書「肩書捨てたら地獄だった」(中公新書ラクレ)を読んだ。
フリーランスや起業家の人からしたら、タイトル見ただけで「そりゃそうでしょ。」と思う人も多いんじゃないのかな。
書店で手にとったらサラッと読めそうだったので買ってみたけど、実際にサラッと読めた。
内容は、大まかに分けて2部構成といったところ。
1部 ー 著者が、実際に経産省官僚を辞めて起業し、辛酸を舐めることになった自伝。
2部 ー コレまでの終身雇用という働き方と、これからの働き方の考察。
<1部>
すごく要約してしまうと・・・。
東大を卒業し、経産省の官僚として働きはじめる。
そして、その経産省内部でも若くして大抜擢されており、数百億円を動かすような仕事をこなす。
まさにエリート中のエリートコースを歩んでいたわけだが、いつしか公僕ではなく本当に自分の力で仕事を成し遂げる「スティーブ・ジョブズ」や「孫正義」などに憧れを感じ始める。
そして、実際に思い切って官僚を辞め起業をする。
しかし、起業がうまくいかず、お金も底をつき、経産省時代に深く関わってきた人脈も、「経産省」という後ろ盾を失った彼を誰も助けようとしてくれない。
「もう、あなたは、ただの人なんだから」と言われる。
そこから、オンライン・オフラインを駆使して、全く新しい人脈を再構築していく。
そして、なんとか、太陽光発電などを取り扱う調査会社を立ち上げ軌道にのりつつあり、個人としても、本を書いたりTVに出演したり、徐々にうまく行き始めたところ。
というストーリーなんだけど。
客観的に見ると。。。
確たるビジネスプランも起業思想も持たないまま、「起業という行為」がしたくて起業した感じに見える。
無謀・バカとしか思えないような起業の仕方をしているのは、やはりエリートゆえの自信過剰だろうか。
この点、自分のバカさ加減に気づき(貯金も底を尽いてからだが)、後にちゃんと軌道修正できているのは、やはり賢い人なんだろうと思う。
肩書を捨てたら自分の市場価値が下がるだろうとは予測していたが、それは予想以上で、市場価値が下がるのではなく、「市場価値が無くなる」というものを経験した感じ。
これは、会社員でも当てはまると思う。
大手企業は言わずもがな、たとえ中小企業だったとしても「会社名」って自分たちが思っている以上に、自分の市場価値を高めてくれている。
中小企業に勤めていると、「うちの会社名になんの価値もねーよ」なんて思う人もいるかもしれないけど、実際に会社を辞めて「個人なり起業で戦おうとした経験」がある人には、どんな小さな会社でも会社名が自分に仕事を運んできてくれていることに気がつくはず。
(私も過去に、笑)
1部の自伝は、馬鹿だな〜と思いながらも、その文章力の高さでかなり楽しく読めた。(別に学ぶところはなかったけど、笑)
<2部>
本書のメインは、タイトルから察するに1部なんだろうと思うけど。
私は、2部の方がためになった。
2部は、今後の日本人の働き方について。
まず、基本的に、著者のスタンスは、今の日本の働き方が良いとも悪いとも言わない、欧米の働き方も引き合いに出すが、それも基本的には良いか悪いかは決して言い切らない。
ただひたすら、淡々と客観的事実とデータを示していく、しかもとてもわかり易く。
ああ、やっぱりこの人は経済産業省のエリート官僚だったんだな、という頭脳を垣間見ることができる。
彼の客観的分析を要約すると。
「フリーエージェントの時代。個の時代はやってくる。」ということに集約される。
こういうと、一気に胡散臭くなる。
一時期、ノマドやフリーランスという言葉が流行り、そして、一気にこれらは揶揄へと変わった。
そんな時代だからこそ、「フリーエージェントの時代」なんて言い出すと、胡散臭さ指数は、一気に上昇する。
しかし、この書籍が、よく批判される「ノマド礼賛本」と違うのは、それがいいか悪いかを話しているのではなく、歴史的な背景とデータを元に、客観的に分析している。
フリーエージェントを礼賛するでもなく、何かを煽るでもない。
ただ、「時代の流れ」として、こればかりは致し方ない、という控えめな結論に至っている。
個人的には、以下の部分が、非常にわかりやすい文章で説明されていてとても参考になった。
・なぜ、日本特有の「終身雇用という制度」が生まれたのか。
・なぜ、新卒一括採用が生まれたのか。
・なぜ、定年があるのか。
・そして、いかに、終身雇用が高度経済成長期の日本を支え、大きく貢献してきたのか。
などなど、知っていること知らないこと含め、色々と参考になる。
そもそも、今の団塊世代にも大学生にも、「なんで新卒一括採用があるの?」と聞いて、ちゃんと答えられる人はどれほどいるのだろうか?
「いつから、会社には定年まで働く事になったの?」
多くの人が明確に答えることができるのだろうか。
今までの働き方、そしてこれからの働き方について、サラッとわかりやすく解説してくださっている。
ちなみに、Amazonのレビューが実にひどい。
この本を読んだ後に、Amazonのレビューを読んで色々考えさせられた。
レビュー一つ一つが参考になったというよりも、全体として見て、日本が働き方の固定観念から脱却できるのはまだまだ時間がかかるんだろうなということ。(これは著者も言っている。結局は世代交代でしか世の中は変わらないと。)
結局のところ、「現時点で」多くの人は、フリーエージェントな時代なんて望んでいないし、「会社員として勤める」という概念の枠から思考を変える準備はまだできていない。
この書籍でも書かれているけど、日本では「なんでも先延ばし」をする文化をもっていて、この「先延ばし思考」には、どんな人も抵抗できないという趣旨が書いていたが、まさに、「先延ばし」にしたい方々が多いからこそのレビューなんだろうなと思った。
ひどいレビューを大別すると2パターン。
1つは、学歴・職歴コンプレックス丸出しで、「お前はなんだかんだ言っても東大とか元官僚」でしょ。
俺達は、フリーエージェントだなんだと言ったところで、なんら肩書もスキルも無いから「ハローワーク」しかねーんだよ。
というやっかみ。
「この程度の体験談が、地獄と呼ぶなんて生ぬるすぎる。」なんて論調もあるが、幸福論なんて相対的なものであって、「地獄」も相対的。
むしろのその「落差」がポイントであって。
「本当の地獄とは・・・」なんて議論自体ナンセンス。(末期の病気の話とか、アフリカの日常的戦闘地帯の話など、世の中にある辛い話を上げていけばキリがない)
2つ目は、既得権益層の保守思考による、新しい価値観や新しい文化に対するやっかみ。
「キャバクラ嬢のコンサルタントをやるなんて、経産省の面汚し」なんて言われてしまっている。なんという差別主義・・・。
そして、2パターン共に共通するのは、「働く=会社に勤める」という固定観念からは脱却できないし、そんな考え方は拒絶する、という思考がにじみ出ている。
やはり、この思考のままだと、この書籍の内容は「やっかみ」に昇華せざるを得ないだろう。
つまり、上からのやっかみと、下からのやっかみの両ばさみ。
ぶっちゃけ、著者は、ごくごく当たり前の正論を、淡々と述べているだけなのにここまでやっかみを持たれるとは、浮かばれないな〜なんて。
私は、多くの人が読んでおいた方がいい本だと思います。