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日本一大きく、そして、日本一寂しい大仏さん

日本一大きな大仏って奈良?鎌倉?

よく「奈良の大仏」と「鎌倉の大仏」どちらが大きい?
というクイズがあったりする。

答えはどっち?

正解は、奈良の大仏さん。

奈良の大仏(東大寺の大仏さん)が、14.98m(約15m)。
鎌倉の大仏(高徳院の大仏さん)が、11.31m(約11m)。
ということで、奈良の大仏さんのほうが、3mも大きい。

やっぱり奈良の大仏さんデカいねー。

さすが、東大寺(奈良)の大仏さん、「坐像(座っている大仏)」で日本一大きくて有名なわけです。
(「立像(立っている仏像)」で一番大きいのは牛久大仏120mだけど。)

小学校の修学旅行で奈良の大仏さんを見たときは、子供ながらに「でかい!すごい!」って思ったよね。

そして、それ以降ずっと「大仏といえば奈良の大仏さん」だったわけだけど、先日、その常識に対して考えさせられる衝撃の事実に直面した。

福井県の大仏さん

それは、2017年のゴールデンウィークのど真ん中。
「恐竜好きの聖地」として有名な福井県立恐竜博物館まで旅をした日のこと。

(博物館の中で動くティラノサウルス)

恐竜博物館からの帰り、まだまだ時間があったのでのんびりとお土産もの屋さんに寄ったりしていたら、
お土産のパッケージとか、お店に設置している観光マップとかにちょくちょく「大仏」って言葉でてくる事に気がついた。

しかも、なぜかやたらと「日本一の大仏」って書いている。
しかし、「福井県の大仏」って全く聞いたこと無いよな〜。

どういうこと?
そもそも、福井県に大仏さんがいるの??
しかも、「日本一」ってどういうこと??

特に自社仏閣や大仏さんが好きなわけではないんだけど、「奈良でも鎌倉でもない、福井県にある日本一の大仏?」ってのがあまりにも謎で気になったのと、
地図を見ると「恐竜博物館」から近いことがわかったので、ついでに大仏さんのお姿を拝見しに行ってみることにした。

大仏さんがあると言われる「大師山清大寺(全く聞いたことがない)」に着くと、とんでもなく大きな駐車場。
おそらく500〜600台は軽く入るのではないか。
その広さを前にして、直感的に「自分が知らなかっただけで、これは高名なお寺に違いない!」と思ってワクワク。

ただし・・・。

駐車場に止まっている車は1台・・・。
時は、ゴールデンウィークのど真ん中。

さっきの恐竜博物館なんて、駐車場待ちの行列ができてたのに・・・。

「恐竜目的以外の観光客って少ないのかな〜」なんて思いつつお寺の前の「門前町」の入り口まで歩いていく。

京都に住んでると有名なお寺の門前町とかは、お土産物屋とか飲食店とかのお店がズラーっと軒を連ねて活気があるわけだが、
まぁ、この駐車場の感じだと観光客も少なめで、お土産物屋さんとかもそんなにないのかな・・・、と思いつつ門前町の入り口にたどり着いてみると・・・
以下のような光景が。

うん??

・・・頭が混乱する。
京都の清水寺の二年坂・三年坂のように「お土産物屋が軒を連ねている」というイメージはもともと全くなかった。
なので、すぐにお寺への入り口かあるのかと思ったが、意外とそうでもなく、予想外に「お土産物屋さんが軒を連ねる門前町」が目の前にある。
参道の両側にお店がたくさんある・・・。

しかしだ・・・。
お店が一軒も開いてない。

すべてのお店のシャッターが下りている。
一軒残らず。

今日は町全体の定休日??
定休日にきちゃったかな?

あまりにも気になって、一軒づつよくよく観察してみると、どうもお店の看板が「裏返し」になっている。

つまりこれは・・・「定休日」ではない、、、
確実に、全店閉店(廃業)している?

これだけのお店があったことを考えると、昔はたくさんの参拝者で賑わっていたのかもしれない。
しかし、「何かの理由」によって、どうやら今の門前町は「廃墟化」しているようだ・・・。

しかも、駐車場には車が一台しかなかったが、この参道を歩いているのも私一人。

おいおい大丈夫か?ここ?

「もしかして、本当は大仏なんてないんじゃないの?」
「そういえば、自分の他に参拝者が誰一人としていないんだけど?お寺やってる?」
「え?なんか騙されてる?」

などと、考えつつ、
廃墟と化した門前町で、自分一人しかない状態に軽くビビりながら、拝観券売り場まで行き「第一寺人発見」。

第一寺人:「拝観料500円になりますー。」
私:「500円ですね。はい。」
第一寺人:「ごゆっくりどうぞー。」
私:「あ、あの、、、」
第一寺人:「・・・・」

・・・聞けなかった。
とても聞ける雰囲気ではなかった。
「なぜ門前町がこんなに荒廃してしまったのか・・・?」なんて。

とはいえ、騙されているわけではない。
なぜなら、目の前には素晴らしい巨大な仁王門が。

そして、仁王門の中には、東大寺にも負けるとも劣らない巨大仁王像が左右に二体どーーん。

(参拝者が私しかいないので、大きさ比較ができずわかりにくいがとにかくデカイ。)

そして、仁王門をくぐると、はるか先に超巨大大仏殿がどーーん。

(なんども言う、人がいないので大きさがわかりにくが、デカイ、広い。)

覚悟は決めて歩き出す。
こうなれば、もはや大仏とタイマンである。

中に入ると、大仏さん登場。
(大仏さんの写真撮影をしても良いのかどうかわからなかったので、パンフレットの写真。)

かなり大きい。
しかも、そのどデカイ大仏の周りを1メートルくらいの仏像が無数に配置されている。
圧巻の光景である。

パンフレットを見ると、無数の仏像は1,281体あるらしい。
千体以上の仏像・・・まさに、「無数の仏像」。
さらに、パンフレットを見ると、仏像の大きさが17.00mとなっていて、「奈良の大仏よりも大きい」と書いている。

なんと、本当に日本一大きな大仏である。

色々とわけが分からなくなってくる。
日本一の大仏は「奈良の大仏」だと学校で習って育ってきた。

しかし、私は、奈良の大仏よりも大きな大仏と現実に対峙している。
タイマンで・・・。

いまここに日本一大きな大仏が存在し、しかし、学校では奈良の大仏が日本一であると教えられる。

「なぜこの目の前にいる大仏はほとんど誰にも知られずにひっそりと存在しているのか?」
「なぜこの目の前にいる大仏は社会的にその存在を抹殺されなければならなかったのか?」

色々と考えを巡らせつつ、パンフレットを開くと大仏殿の近くに五重塔があると書かれている。
しかも、「京都の東寺の五重塔よりも大きい」と、、、つまり日本一大きな五重塔らしい。

マジかよ・・・。なんだここは・・・。

大仏殿をでると五重塔が見えたので歩いて行って登った。
もちろん、五重塔までの道のりの前後に参拝者も観光客もいない。
静寂の道のりである。

五重塔の最上階まで登ると、なんとついに先客が!!
若い男の子二人がベンチに寝そべってマンガを読んでいた。
(日本一高い五重塔のてっぺんで。)
意味わからん、、、スルースルー。

ある意味、ここでの読書は最高だろうな〜と思いつつ、写真をパチリ。

そこには福井県勝山市の気持ちの良い光景。
左下に見えるのが大仏殿。
(写真:お寺の向こう側に一般の家屋が点在しているので、家の大きさと比較すると大仏殿の大きさがわかるかも。)

相変わらず下に他の参拝者の姿は見えないが・・・。

結局、一つ一つの造形物は本当に素晴らしいものばかりで圧巻。
正直なぜ「廃墟化」しているか、さっぱり理解できないままこの山を降りた。

ちなみに、帰り際に受付の前を通ったら、一組だけ観光客が拝観券を買っていて「御朱印帳」を渡していた。
一応御朱印もあるみたいね・・・。

では、この大仏は一体なんなのか?

調べてみた所。
この大仏は「越前大仏(えちぜんだいぶつ)」と呼ばれ、近隣ではそこそこ知られているらしい。

大仏の大きさが日本一であるのも事実であり間違いない。
(坐像として、そして五重塔も)

では、なぜこの寺は廃墟化していたのか。
そして、なぜこの大仏は社会的に抹殺されているのか。

結論的には、その出自にあるようだ。

このお寺(大仏を含め)は、「多田清」という人物がビジネスで成功しその資材を投げ打って(総工費380億円)、昭和六十二年に立てたものらしい。
なるほど、かなり新しい建造物ということか。
でもって、私はこの多田清という人物を私は知らなかったが、大阪最大のタクシー会社「相互タクシー」の創始者だそうな。

つまり、由緒もなく歴史もないこの越前大仏は、社会的に抹殺されたのではなく、そもそも社会的・宗教的に認められていないということなのだろう。
文化財保護法でいうところの文化財にも含まれないから認定されないのかもしれない。
厳密にはどういう状況かは分からない。

ただ、そう考えるとこのお寺と大仏さんの荒廃っぷりというか廃墟っぷりに、ある程度の納得はいく。

歴史が浅く、宗教的な価値も薄い。
そうなってくると、どれだけ大仏が大きかろうと誰もありがたがらないわな〜。
奈良の大仏さんの持つ時代背景や物語・その壮大なる歴史と比べるなんておこがましいにも程があるレベルだろう。

やはり、「人の心を動かすにはモノではなく文脈(ストーリー)」なんだな、としみじみ。

とはいえ。

実際に目にすると圧倒される出来栄えだった。
仁王門、大仏殿、五重塔などの建造物や大仏を作った職人さんたちは、きっと魂を込めて作ったのではないのだろうか。
アレだけのものが、ちょっとやそっとで出来るものじゃないということは素人目にもわかる。

文脈が乏しく価値薄弱な大仏さんだけど、少なくとも彼(彼女?)にはなんの罪もない。
(なんか仏に罪っていう言う方も妙な感じだけど。)

そんな福井県勝山市の日本一大きい大仏さんは、
多くの人の目に触れることもなく、一人きりでひっそりと癒しの笑顔を贈り続けていた。

真の意味で俗世から離れ、心穏やかに人々の平和と繁栄を願っているのかもしれない。

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美容師とプログラマーに共通する「失敗するクライアントワーク」

先日、行きつけの美容室に髪を切りに行った時、サロンの店長さんと話した内容が少し印象的だったから軽くメモ。

基本的に、いつも髪を切ってもらいながら店長さんと話しているのは、日常的などうでもいいような話。
「あそこのコンビニのカラアゲが美味しい、あっちは美味しくない。」とか「あそこの角に、新しいカフェができるらしい」みたいな。

ただ、先日はいつもと違う話を美容師さんとしていた。

カットを終えて、セットをしてもらっている時の話

私:「(鏡を見ながら)こんなん言うのも失礼だと思うんですけど・・・、さすがの腕前ですよね〜。髪を切るの。」

店長さん:「(ハニカミながら)まぁ、もう十数年やってるプロですからね〜。」

私:「いや〜、いつも『全部おまかせ』で何も言わないのに、毎回上手にイイ感じに仕上げてもらえるから、すごいなーと思ってますよ。」

美容院でカットしてもらうけれども、髪型にあまり頓着しないので、いつも「店長さんにおまかせ」でカットしてもらっている。
(以前は、激安散髪屋とかも結構使ってたけど、髪の切れ端がガタガタだったり、左右揃ってなかったりと、「いい感じかどうか」という以前の「基本的な問題」が頻発したので、個人的に今の美容院に落ち着いた。)

続き。

店長さん:「実は、それって逆かもですねー。『おまかせ』してもらえてるから上手くできる部分もありますよ。」

私:「へぇ〜、そうなんですか?
でも、そもそも、店長さんくらいだったら、『今回のカットはダメだったなー』とか『納得いかないなー』なんて事は、ほぼないですよね??
失敗とかほぼ無いでしょ??」

店長さん:「うーん、そうですね~、なんていうか〜・・・・・、正直言うと、ありますよ(笑)。」

私:「え!?あるんですか?」

店長さん:「1年で軽く1000人以上カットしてますからね(笑)
そりゃ、ありますよね。。。。もちろん、まれに、ですけど!(笑)」

私:(確かに、一日平均5人カットして300日営業で、1500人か、、、たぶん、もっとだろうな・・・。そう考えると、凄い。。。などと、妄想しつつ・・・。)
「まぁ、確かにアレですよね・・・、毎日仕事してりゃ、風邪気味とか体調が悪いとか、そういう時もありますしね。人間だから仕方ないっていうか(笑)」

店長さん:「ははは、さすがにそれは関係ないっす(笑)
体調管理とか自己管理の問題であって、また別ですね。体調不良にならないようにすごく気を使ってます!接客サービスですからね、そこは重要ですよ。」

私:「じゃ、沢山髪切ってりゃ、そりゃ稀に失敗することもあるさ、っていう感じですかね?単に『確率論』的な?」

店長さん:「そういう感じじゃないですねー。実は、『失敗したなー』と感じる時とか、イケてない感じになる時って、ほぼパターンが決まってるんですよ。あくまでも僕の中で、ですけど。」

私:「ほぉ!失敗パターンってのがあるんですか、それって面白いですね!(興味津々)それってどういう時なんですか!?」

店長:「うーん、なんて説明したらいいですかねー、『お客さん自身がどうしたいのか、どうしたらいいのか分かってない時』っていうか『決めきれていない時』というか。そういう場合、たまに納得が行かない髪型になることがありますね。」

私:「でも、それって、僕も全く分かってないし、なーんも決めてませんよ??(だから、おまかせなわけで。)」

店長:「いや、お客さん(私)の場合は、『全部おまかせ』してくださるじゃないですか。
むしろ、その場合が、一番上手く行きます。一番チカラが発揮できるというか(笑)
そうではなくて、お客さん自身が、自分でどうしたいか分かってなかったりスタイルも決めてもいないけれども、カット中に都度都度、細かいスタイルのオーダーが入る場合ですかね。」

私:「『分かってないし、決めてもいないけど、注文が多い』ってことですか?
でも、細かいオーダーって普通じゃないですか?」

店長:「はい、それは普通ですよ〜。『お客さんがどうしたいか分かっていたり』『自分のスタイルやこだわりを持っている』時の細かいオーダーは、全く問題ないです。それに合わせて、僕もいい髪型に仕上げられます。」

私:「ですよねー。」

店長:「そうじゃない場合ですね・・・・『お客さんが何がしたいのか分かってない』場合ですー。
たとえば、髪型全体の事は置いておいて、『前髪の長さだけは残したい』という要望があった場合に、前髪の長さに合わせて、うまく全体を整えたところに、急に『どうしてもサイドは短くしたい』とかいう、チグハグなオーダーとか。
もちろん、お客様の要望に合わせて、最大限いい感じにカットを仕上げるわけですが、全体が整ってきた時にいきなり、なんていうか・・・、『全部の調和を台無しにするオーダー』が出ることがあります。
もちろん、こちらもプロですから一生懸命話をしたり提案したりしますけど、最後の最後は『お客さんの好み』を優先することになるので、『どうしたいのか良くわからない細かいオーダー』に答えているうちに、『これはさすがにいかがなものか?』という髪型になることがありますね。」

「で、結局、最後に私もお客さんもあまり納得いかない髪型ができているというダメなパターンです。」

「一言で言うと、『分かってないのに自分で決めたい』みたいな時ですかね。」

「何度も言いますけど、可能な限りイイ感じに仕上げる努力はします!でも、そういう時が、失敗する可能性は高くなります(笑)
しかも、序盤でヤバイ雰囲気を察します(笑)」

私:「なるほどぉ〜。
『自分自身がよくわかってないのに、細かくオーダーはする、自分で決めたい』ですか・・・。
なんか、全く交わりがないような他業種の店長の話なのに、なぜか、めちゃくちゃ共感しちゃいました・・・。」

という会話・・・。

これってクライアントワーク全般の話では?

いつも通り、「世間話の延長」くらいな気持ちで「美容院の店長さんが失敗するパターン」の話を聞いていたつもりだったんだけど。

この失敗パターンを聞いて、これってソフトウェア開発やWEB開発、デザインなど、自分のいる業界において、いつも問題なっている話そのものじゃないか!と。

そして、美容室とプログラマーという似ても似つかない業種同士であったとしても、同じ認識を持つってことは、おそらくその他の「クライアントワークに関わる全ての業種」にも通じるのではないか?と思ってしまった。

もちろん、この話は、プロと名乗ることができるレベルのスキルをキチンと持った人の話だとは思う。
経験不足の美容師やスキル不足のクリエイターが、失敗を自己正当化するために、「お客さんの要望が曖昧だったので〜」という話を引き合いに出すのはお門違いだろうと思うが。

どちらにしろ、「如何にクライアントと一緒に納得のいくものを作り上げるか」というモノは、どのようなクライアントワークでも最大の課題なのだろう。

ある意味、最近のWEB業界でのUXブームってのは、ここに一つの理由がある。
WEB・アプリ・サービスのユーザー体験を高めて、成果物の価値を最大化することができるってことが、1次的には言われるわけだけど。
実は、2次的な意味のほうもかなり重要だったりする。

制作へ丸投げではなく、設計にクライアントさんが参加することで、クライアント自身も深く考え、一つ一つ決定していくプロセスに関わる。
それによって、クライアントが十分納得の行く成果物になる。

この深い納得が得られるってのは、目に見えない価値を作る業界ほど、重要度がめちゃくちゃ高いしね。

そういう意味では、
サロンでも、WEB制作でも、「お客様と業者」という関係で物事を見るよりも、「一緒に価値を作るパートナー同士」と「両者が思え」たほうが、きっと上手く行く可能性が格段に上がるだろうね。
そして、それは、とても広く(いろんな業種に)通用するお話だと思う。

あと、社会的にみても、「提供者」と「被提供者」という文脈ではなく、「パートナー」と捉えたら色々な事がスムーズに行くことも沢山あるだろうな。
(お互いの意識が大事。)

ポエムお粗末様でした。

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「それでも、京都は面白い。」と思う。たぶん。

image

さっき、以下の様な記事を読んだ。
京都の現実を知った上で言ってるの?
FacebookのタイムラインやTwitterでバズっていたので、読んだ人多いかも。

氏いわく。

京都は旅行で来れば物珍しくて面白いかもしれないが、住むに適した土地とはとても思えない。

という事らしい。
色々と理由を上げている、どれもこれも納得できる。なるほどね〜と思った。
結構毒づいてるけど、なんだかんだ言ってもそれなりに京都愛があるからの記事なんだろうなと思う。

そこで、京都に親類縁者も血縁関係も一切なし、友達も一人もいないという状態で、仕事で京都に来て10年住んでみた私も感想を書いてみたくなった。
氏と全く同じ項目で書いてみる。

>理由その①:夏は暑くて冬は寒い

激しく同意。
夏と冬という一年を通しての寒暖差ももちろん大きいんだけど、一日の寒暖差もなかなかにきつい。
一般に過ごしやすいと言われる「春」や「秋」でも、日中はシャツ一枚で汗をかいたと思えば、夜になったら急に冷えてダウンジャケットが欲しくなる。なんてことは日常茶飯事。
実に安定した気候である「瀬戸内海式気候」の中で生まれ育った軟弱な私にとって、京都の気候はキツかった。
最初この気候に慣れるまでは、本当によく風邪を引いた。

ただ、脱ぎ着しやすい服をちゃんとチョイスして、寒暖対策できるようになってからは問題ないけど。

>理由その②:遊ぶところがない

何を持ってして遊ぶということなのか、年齢・性別・既婚未婚・子ありなし、で定義は変わるのは、当たり前として・・・。
確かに、大阪・東京に比べたら、ショッピングスポットや大きな繁華街は少ない。

しかし、結局、今の時代、多くの日本人が休日は「イオンモール」に遊びにいくんよね。
大阪の友達も家族も、休日はイオンモールが遊び場になっている。
都心ではなく郊外に住んでいる人たちは、日常的にイオンモールに行っている。
「マイルドヤンキーじゃあるまいし、街中の繁華街で遊びたいんだよ」という話だったとしても、たとえ東京・大阪と言えども、郊外に住んでたら30分とか電車に揺られて都心に出ないといけない。
これって、京都の鉄道沿線に住んでたら同じくらいの時間でウメキタまで行けるわけで。
そういう意味では、京都は、東京や大阪の郊外に住んでるのと大して変わらないとは思う。

むしろ、イオンモールに頼らなくても、そして、わざわざ都心部に電車で出かけて行かなくても、オシャレなカフェや美味しいパン屋さんや個人経営の飲み屋が生活圏内にあちこち点在している京都の方が楽しめる、と思っている。
もちろん、新宿や渋谷には敵わないだろうけど、ゆっくりとした時間の中でお店の人との交流付きでお茶できるのは、ある意味贅沢だな〜と思っていたりする。
(実に個人趣味かもしれないけど^^;)

それに、今の街中ってちょっと画一的な気がするかも。
もうGAPもユニクロも無印良品もお腹いっぱいというか、、、。
コメダ珈琲でシロノワール食べるよりも、京都のよく知らないカフェで紅茶を一杯飲みたい。

そんなことよりも「遊び」という点で致命的だなと思うのは、ショッピングとか繁華街とかそういうことじゃなくて、浜辺で育った私にとっては、「市内に海がない!」ってこと。
(これも、大阪や東京の街中にも楽しいビーチはないので、条件同じ。)
それ以外に関しては、京都も、普通に遊ぶところが一杯あって、しかも京都にしかないものもたくさんあって、実に楽しい場所だと思う。

ただ、一つアドバイスがあるとすれば、チェーン店とかは避けてみるといいかも。腐った喫茶店とか、敷居の高そうなオシャレカフェとか、謎の居酒屋とか、そういうところに臆せず果敢に攻めてみる。
気軽に敷居を跨いでしまえば、どこも人情味あって温かい。

要は、自分から敷居を跨がずに、京都は排他的だ排他的だというのではなく、自ら積極的に敷居を跨いでいくぶんにはちゃんと歓迎される。

>理由その③:排他的

これは、感じることもあるし、感じないこともあるし、なんとも言えないかな・・・。
しかし、大局的にみて、大阪だろうが、東京だろうが、京都だろうが、所詮「日本人」、「大差」は感じないかな。
京都の老舗と言われるお店や企業などとお仕事することもあるけど、実に温かく迎えてくれている気がする。
(それとも、私が鈍感なだけで、陰口叩かれてるのかな?)
エヴァじゃないけど、自分のATフィールドを解除したら、京都人のATフィールドも解除されてると思うんだけどな〜。

というか、もっと排他的な地方は日本中いくらでもあるような・・・。

>理由その④:仕事がない

IT業界で働く私からすると、仕事がないことはない。と回答する。
むしろ仕事はある。
(氏の言う「バイト」の状況はわからない、ごめんなさい。)

ただし、仕事の取り方や求人というものが、東京とは少し異質かもしれない?

Wantedlyに求人出したら、バンバン人が来る・・・なんてことはない。
アドワーズなどのリスティングで「うまくやったら」、仕事の見積もり依頼がバンバン舞い込んでくる・・・なんてことはない。
ソーシャルメディアやツイッターを駆使すれば・・・・・・・、そんなにうまくいかない。

インスタントな飛び道具や広告というものに頼るやり方は、京都ではあまりうまく行かない気がする。

良くも悪くも「人脈」を大切にしている町のだろうと思う。
(それが排他的と感じる一つの要因かもしれないが。)
メディアの情報よりも人づての情報を大切にする文化と言ったほうがいいのかな。

何か困ったことがあったら、ネットで検索かけてSEOで一位表示されているところにアクセスして・・・、ではなく、まず「知り合いに聞く」。
知り合いが、技術屋さんを知っているとなると、その人を紹介してもらう。そうやって、仕事がつながっていく。

つまり、「つながっていく」という行為を自分から積極的に行うと、どんどん仕事もつながっていく。
氏のいうように、「内に篭っていたらすごしやすい」、なんて言ってたら、より自分のATフィールドが強くなってしまって、鏡の法則で、更に相手のATフィールドも強める可能性がある。
「京都は、つながってなんぼ」だと思う。
そして、京都市内は面積も経済圏も狭いので、つながりやすい。つながりやすいから、実に面白い。

だから、私も京都市内で人をつなげまくるようなイベントをしているし、みんなにたくさんのつながりを持ってほしいと思っているし、私なんて足元に及ばないくらい素晴らしい人達が「繋がれるような」企画をあちこちでやっている。
気軽に乗っかってみるのがいいと思う。
つながっていくと、意外とあちこち仕事があることに気付くはず。

でも、東京に比べたら、、、、比べたら、、、どうしても比べるなら、「やっぱり京都は仕事がない」ということになる。
そりゃ、東京に比べたらね。
そもそも、「規模の経済」があまりにも違う。

京都は、人脈を大切にしているといえども、所詮同じ日本人。
大手企業の大規模な仕事などは、やはり「ブランド力」があるところに頼みたいし、安心を買いたい。
そうなると、京都の企業も東京の大手広告代理店に仕事を依頼しているし、東京の大手SIerに仕事を依頼している。
そういう意味では、仕事が京都から逃げてしまっている。

東京の会社から仕事の依頼が来たと思ったら、実はクライアントは京都の会社だった・・・。なんてことは日常茶飯事。

もちろん、この構造はどこの地方都市でも同じだろう。
だから、仕事は東京に一極集中する。

また、コンテンツ企業・コンテンツ産業が東京に一極集中しているので、クリエイティブな仕事の求人数も京都は少ない。
なので、そういう仕事をしたいと思ったら東京で就職するしかない。

現に、エンジニア系やデザイン系志望の知り合いの学生さんたちは、ほとんどが東京で就職し、京都から去っている。

ただし、ここからが京都の面白いところだなと思う。

そうなってくると、「雇われる」という意識だと仕事はないので、多くの京都の知り合い達が「仕事を作る」という活動に力を入れている。
おかげで、ベンチャーがとても増えてきているし、もともとベンチャーは多い。
この土地は、「なければ自分たちで生み出そう」という力を感じる。これは、学生が多い京都ならではの強烈な力であり、京都の力なんだと思う。
大手有名企業に就職=勝ち組、起業=負組み みたいな偏見は少なめなので、精神的にもスタートアップしやすいんじゃないかな。

とかいいつつ、こんな話は、意識高い人向けになるのかな・・・・・。

そのほかで京都でいいな、と思うところ。

・市内はほとんど自転車で行動できる。

なんせ、街中ショッピングだろうが、観光だろうが、通勤だろうが、なんでも自転車で事足りる。街が凝縮しているので、自転車さえあれば、どこへでもいける。とてもヘルシーかつエコ。車いらない。

・外国人が多い。英語学習にも最適?

昼食でちょっと外出したら、外国人に道を尋ねられる、なんて日常茶飯事。なので、京都という土地は全体的に英語への意識が高く、日本国内でも英語に触れる機会が非常に多い地域。
英語が話したいと思ったり、外国人の友達が欲しいと思えば、大丸裏の立飲み屋に行ったり、マクドナルドにわんさかいる外国人に笑顔で話しかければOK。

・観光資源が豊富で円安に強いかも。

アベノミクスがいよいよ危ないなんていう論調があるが、少々円安に歯止めが利かなくなってきているのかな・・・。このまま円安が進むと、地方経済は基本的に大打撃を受ける。
が、円安の恩恵で外国人観光客が激増する今、さすが「世界の京都」、外国人観光客が例年を上回るペースで訪れ、外貨を落としまくってくださっている。

外貨を大量に獲得できる観光産業をもっているというのは、仮に酷い円安スパイラル入ったとしても、一つの強みとなるのでは。
(潤う観光産業に関わってない人は関係ない、といわれかねないが、京都マクロで見た場合、地域が潤えば地域還元されるので、良いことこそあれ悪いことではない。)
・・・この話は、どうでもいいな(笑)

どわーっと書いて、かなりまとまりがない文章だけど、私にとっては、京都は、そこそこ住みやすいと思う。
というか、良い意味で面白い土地だな~と思う。

あとは、海があればな~・・・・。
水平線に落ちていく夕日をボケーっと眺めていたあの時間が生活の中にあるかないかが、私にとっては一番大きな差・・・。

京都歴10年のひよっこのレポートでした。

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